箱根20湯

 開湯は奈良時代の天平10年(738年)、釈浄定坊が発見した「惣湯」。

江戸時代は五街道の一つ東海道に沿った温泉として繁栄、「箱根七湯」として知られた。

明治以後、箱根は保養地、観光地としての開発が進み、特に戦後は小田急電鉄と西武電鉄が開発競争を繰り広げたことで大きく発展し「箱根十七湯」となった。

 現在は、更に3か所を加えて「箱根二十湯」と呼ばれている。